こんにちは、リーズンです。
だいたい部屋にいるわたしです。
わたしは元来映画好きでして・月に何回かは映画館へ足を運んでいました。
ですがコロナ禍の影響で映画館へ行かなくなり、最近はもっぱら家で映画鑑賞しています。
また、もともと映画館へ行く以外にもレンタルDVDで借りて映画鑑賞も楽しんでいました。
それが時代は変わりサブスク動画配信で安価に映画などを鑑賞できるようになり
インドア派の自身にとっては非常に良い・・状況となっていますね。
つい最近も
アニメ「ワンパンマン」を鑑賞しました。
圧倒的なパワーを有する主人公のサイタマ氏ですが
なんだか彼の存在は小気味良いのですよね。
何故なんだろう?と考えてみるんです。
思うに
- 圧倒的なパワーを有しているのに弱くても勝てなくても敵に立ち向かうヒーロー達に敬意を忘れない。
- 人々を助けるために敵を倒す彼ですが・人々に評価されるために動いている訳ではない。
このようなことが肝要な部分に感じました。
現実社会にも色々な意味でパワーを持っている人・パワーのない人がいらっしゃいます。
そして多分誰しも自分が何らかのパワーを持つことに憧れますが
何らかのパワーを持った後はどうなのでしょうか。
なんだか調子に乗ってしまい人を見下したような態度を取ってしまう人も多くいるような気がします。
人と自分を比べて・自分のほうがパワーがあるから実績があるから
自分の方が優位だろう・正しいだろう・・と思ってしまうことがあるように思います。
でも本当はパワーがあっても・なくてもひとりの存在としては同じはずですよね。
それぞれの場所でそれぞれの戦いがあるだけなのでしょう。
また
あまりに圧倒的なパワーで敵を粉砕することによりズルしてるのではないか?
という疑いをかけられてしまいます。
普通の人ならばあらぬ疑いは晴らそうとするのが定石です。
ですが彼は特に弁明するでもなく・そんな状況下でも
他のヒーロー達に対する配慮を忘れないのです。
自分が成す正義というものが自分の中の軸としてはっきりしており
別に誰かの評価を得ようという基準では動いていないということです。
現実社会で働いていますと誰かの評価を得ようと
むしろ誰かの評価だけを考えて動くことがほとんどですよね。
それはそれで不正解ではないのでしょうが
時に理不尽も飲み込んで働かねばならないこともあります。
そこが苦しいところなのですが
そのようなことを気にせず・自分の価値観で人々を助けるためだけに戦う彼・・
頭はハゲてても恰好良いですよね。
そのようなことから
疲れた会社員には非常に小気味よい作品となっていますね。
(まぁそのようなことをグダグダ考えなくても面白いです)
仕事辞めたら更に動画漬けになりそうですね・・